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札幌地方裁判所 平成9年(ヨ)219号 決定

債権者

毛利義文

右代理人弁護士

佐藤義雄

債務者

北海道コカ・コーラボトリング株式会社

右代表者代表取締役

中村修

右代理人弁護士

冨岡公治

髙橋司

寺前隆

主文

一  債権者が、債務者の道東支社帯広工場を勤務場所とする労働契約上の地位を有することを仮に定める。

二  申立費用は、債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

主文と同旨。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1(一)  債務者は、昭和三八年一月に設立され、肩書地に本社を置くほか、四支社(道央、道南、道北、道東)、二工場(札幌市、音更町)、五一営業所(北海道各地)を有し、資本金約二九億三五〇〇万円、従業員約一九〇〇名をもって、飲料製造業を営んでいる(争いのない事実)。

(二)  債権者は、昭和四九年四月一日から債務者に雇用され、これまで債務者の道東支社帯広工場で勤務していた(争いのない事実)。

(三)  債務者の従業員のうち、約一五〇〇名程度が北海道コカ・コーラボトリング労働組合に、約四〇名が北海道コカ・コーラボトリング全労働組合に、帯広工場の従業員九名が北海道地区コカ・コーラ労働組合(以下「地区労働組合」という。)にそれぞれ所属し、債権者は地区労働組合に所属している(争いのない事実、地区労働組合を除くその余の各組合の組合員数につき〈証拠略〉)。

2  債務者は、平成九年一月二二日、債権者に対して、札幌市所在の本社工場への転勤を内示し、同年三月七日、内容証明郵便で、同月一七日までに本社工場に転勤するよう通告した(以下「本件転勤命令」という。)が、債権者はこれを拒否した(争いのない事実)。

3  債権者は、当初本件転勤命令に従わないでいたが、平成九年四月二八日ころ、これ以上本件転勤命令を拒否し続けると、懲戒解雇等のより重大な不利益を被る恐れがあると判断し、本社工場に赴任し、現在は札幌で生活している(〈証拠略〉、審尋の全趣旨)。

二  争点

1  被保全権利(本件転勤命令の効力)

(一) 債権者の主張

(1) 勤務場所の特定

債権者と債務者との労働契約では、勤務場所の明示がないものの、採用時の勤務場所である債務者の道東支社帯広工場であることが暗黙の合意になっていた。また、工場長等の管理職を除外した一般従業員は、従業員の同意がない限り、勤務場所を変更しないという企業内慣行が存在した。

債務者は、就業規則に転勤に関する規定があることを本件転勤命令の根拠にしているが、全国規模の会社では就業規則に転勤の規定があるのが一般的であり、現地採用者などには右転勤の規定が適用されていない。労働契約上の勤務場所は、採用の状況と企業内慣行などによって定められるべきである。

(2) 人事権の濫用

イ 債権者及びその家族に生ずる不利益の程度

債権者は、肩書地において、妻、長女及び二女と同居し、妻と協力して隣接した住宅で生活している債権者の両親の面倒をみてきた。中学三年生の長女は、うつ病で家庭や学校において不安定な精神状態にあることをうかがわせる行動を繰り返しており、債権者とその妻は、長女と同じ症状の子供を持つ親や学校の協力を得て、現在の生活環境を大事にしながら慎重に治療を続けている状態である。小学三年生の二女は、脳炎による後遺症のため言語障害、運動神経障害があって、学校では教師とのマンツーマン教育を受け、家庭でも債権者とその妻が能力発達を促進するため時間を割かなければならない状態である。債権者の父親は七〇歳であるが、右足の障害で身体障害者(ママ)六級の身体であり、母親は六七歳で子宮を切除した後体調が悪く、最近は白内障の手術が必要な状態である。

かかる債権者の生活環境からみて、本件転勤命令によって債権者とその家庭が被る不利益の程度は、通常転勤により受忍すべき限度を著しく超えていると言うべきである。

ロ 業務上の必要性

債権者を本社工場で稼働させる業務上の必要性が不明確である。債権者及び債権者の所属する地区労働組合に対して、本件転勤命令が業務上の必要性によるものであることについて具体的な説明が事前にも事後にもなかったのは、本件転勤命令に合理的理由がないことをうかがわせるものである。

債務者が本件転勤命令を強行した真の目的は業務上の必要性による人事異動ではなく、債権者を含めた四、五〇代の年齢の従業員が事実上退職せざるを得ない状況を作り出すことにある。

ハ 人選の経過等

帯広工場のコーヒーブレンド担当者は全員が業務経験五年以上であり、ブレンド作業の経験、熟練度、能力に欠けるところはない。帯広工場から本社工場へ転勤となった四名の内、債権者を除く三名は転勤に同意している上、債権者が転勤によって受ける家庭環境の不利益は他の者の受ける不利益よりも著しく、債務者のした人選は合理性を欠く。また、債務者は、平成八年一一月ころ、一般的な個人面談を行ったものの、本社工場への転勤を前提とした個人面談を実施したことや、転勤についての要望を聴取したことはないのであって、人選の手続も相当性を欠く。なお、債権者は、本件転勤命令が発せられる前に、債権者の家庭状況を説明し、転勤に応じられないことを債務者に伝えている。

(3) 本件転勤命令の不当労働行為性

本件転勤命令は、組合の所属によって債権者を差別したものであり、不当労働行為に該当する。

(二) 債務者の主張

(1) 勤務場所の特定について

債務者は、従業員を採用するにあたってその職種を限定して採用したり、その勤務地あるいは勤務工場を限定して採用した事実はない。就業規則第五一条は、「会社は業務の都合及び本人の能力若しくは適性により社員に異動(職場もしくは職種の変更、出向、応援、または駐在)を命ずることがある。社員は正当な理由がなくてこれを拒むことができない。」旨明記している。また、債務者は、これまで就業規則をすべての従業員に等しく適用してきており、管理職のみならず債権者を含む一般従業員も右規定を含む就業規則を遵守することを誓約した上で債権(ママ)者に採用されたものであって、同規則第五一条に定める異動に応じる義務を等しく負担している。

(2) 人事権の濫用について

イ 債権者及びその家族に生じる不利益の程度について

債権者の長女、二女はともに通常通り通学しており、病気の点についても、札幌市には帯広市よりも設備、医師ともに充実した病院が多数存在する。また、債権者には、妹二人がいて、いずれも音更町あるいは帯広市といった両親の住居近くに居住しており、二人とも農業を営んでいるので父親の農業に人手が必要なときは手伝いをすることも可能な状況にある。

以上の点からすれば、債権者の主張する個人的事情は本件転勤命令を拒否する正当な理由とはならない。

ロ 業務上の必要性について

債務者は、昭和三八年一月創業以来、コカ・コーラ等の清涼飲料の製造販売を業としているが、近年、清掃飲料水業界においては、消費者の嗜好の多様化という市場構造の変化の中で、業者の数も増加し競争も激化の一途をたどっている。

そこで、債務者は、平成七年度から、全社的な経費削減に取り組んできたが、平成九年度においては、右経費削減の一環として債務者の有する本社工場、旭川工場、帯広工場のうち、旭川工場における生産を停止し、その生産ラインを本社工場に統合することとなった。また、帯広工場についても生産設備の自動化を促進するため、平成九年度中に生産機器の運転情報の一元化、オンラインオートチェッカー、音響警報装置等を導入することとなった。

以上のように、旭川工場の本社工場への統廃合を機に、人員配置を行う必要が生じたので、三工場の製造部門の人事交流を実施することとしたものであるが、本件で問題になっている債権者に対する帯広(ママ)工場への異動も旭川工場の操業停止に伴う全社的な異動の一環として行われたものである。

ハ 人選の経過等について

債務者は、ブレンド担当者として四名について帯広工場から本社工場に異動させることにしたものであるが、人選にあたっては帯広工場で現にブレンド作業に従事している者及びその経験者一七名から人選することとした。そして、右一七名からの人選については、異動先である本社工場の要望をも勘案し、第一に、異動によって帯広工場の業務に支障が生じる恐れのある者は異動対象としないこと、第二にブレンド作業の経験、熟練度及び能力が十分であること、第三に年齢が若く、協調性を兼ね備えた者であること、という三つの基準に基づいて人選した結果、異動させる対象者として債権者を含む四名を選出したものである。また、債務者は、平成八年一一月一日から同月八日までの間、帯広工場従業員全員について個別面談を実施し、その中で今回の移(ママ)動の経緯について説明を行うとともに、特に聞いてもらいたいことがある場合には、一一月末日までに工場長または課長に話をするよう説明したが、債権者から家族環境等について申し出たことはなかった。

(3) 本件転勤命令の不当労働行為性について

債権(ママ)者は、社内に存在する三つの組合に対して、同時期に今般の合理化計画についての説明を行い、各組合との間で団体交渉を行っており、地区労働組合を他の組合と比べて差別したことはない。

2  保全の必要性

(一) 債権者の主張

債権者は、本件転勤命令を拒否した場合に懲戒解雇などの不利益処分を受ける恐れがある。また、債権者が懲戒処分を回避するために札幌で勤務した場合には、債権者の家族関係が崩壊する恐れがある。

(二) 債務者の主張

債権者は債務者に対して平成九年四月一七日付申入書を提出し、債務者が債権者を転勤拒否により懲戒解雇する恐れがあるので、転勤命令に従い本社工場に赴任する旨の意思表示をし、同月二八日付で本社工場に赴任し、現在も同工場で勤務しているのであるから、債務者が債権者を懲戒解雇処分にする恐れはない。

また、債務者は、債権者が家族を伴って赴任する場合、家族用の社宅を用意し、子供の病気にも専門医を紹介する等の配慮をする旨再三にわたって説明しており、また、単身赴任の場合であっても可能な限りの配慮がされているのであって、転勤によって家族関係が崩壊する恐れもない。

三  争点に対する判断

1  被保全権利(本件転勤命令の効力)について

(一) 本件疎明資料等によれば、以下の事実が一応認められる。

(1) 被告の就業規則第五一条一項には「会社は業務の都合及び本人の能力若しくは適性により社員に異動(職場もしくは職種の変更、出向、応援または駐在)を命ずることがある。社員は正当な理由がなくてこれを拒むことができない。」との規定があるところ、原告は、昭和四九年二月二四日、誓約書に署名押印し、被告の就業規則を遵守する旨誓約したうえ、同年四月一日、債務者に雇用された(〈証拠略〉)。

(2)イ 債権者は、肩書地において妻、長女、長男(ママ)及び二女と同居し、右肩書地と隣接したところに債権者の両親が居住している。また、債権者には、北海道帯広市と北海道河西郡更別村に妹が二人居住しており、いずれも農業を営んでいる。債権者の長女は、平成八年八月ころ、軽躁状態で北海道立緑ヶ丘病院を受診し、平成九年二月二四日、同病院の医師から躁うつ病の疑いがあり、小児の精神疾患のためしばらくは同一病院で経過観察することが望ましいとの診断を受けている。債権者の二女は、平成元年に脳炎に罹患し、平成九年二月二八日、医師から脳炎の後遺症のため精神運動発達遅延及びてんかんがあり、てんかんに関しては落ち着いているが、精神運動発達障害に関しては今後も定期的にフォローが必要であるとの診断を受けている。債権者の両親は農業を営んでいるが、父親は子供のころから足が不自由で身体障害六級との認定を受けており、また、糖尿病のため週に一回病院に通っている。債権者の母親は、子宮筋腫のため子宮を摘出する手術を受けて以来、体調不良を訴えており、また、白内障の手術が必要と医師から言われている。このため、債権者は、従来から両親の農業を手伝うなどして両親を支えていた(〈証拠略〉)。

ロ 債権者は、現在、債務者に懲戒解雇されることを恐れて札幌市内に単身赴任しているが、札幌、帯広間をJRを利用して移動する場合、一日一三往復運行している特急列車に乗車すれば、片道約二時間一三分ないし二時間五〇分で移動することが可能であり、JR帯広駅から債権者の肩書地まではバスを利用することにより約三〇分で移動が可能である。また、債務者は、単身赴任者に対しては、単身赴任手当て(ママ)を支給しているほか、必要に応じて有給休暇の取得を認める方向で検討している(〈証拠略〉)。

(3) 被告は、清掃飲料の製造販売を行っているところ、同業界においては、近年、消費者の嗜好の多様化に伴い、業界への新規参入企業が増加し、これら同業他社が次々と新製品を発売するなど競争が激化した。被告においても多額の投資を行い新製品を多数開発し製造販売した結果、単製品あたりの利益が減少し、経費の増加に比してその利益の割合が低下した。そのような状況の中で、被告は、今後の収益構造を改善するために、平成七年一月までに「変革への挑戦」と題する新経営計画を策定し、平成八年七月号の社内報(〈証拠略〉)にコスト削減への取組み等を訴える被告専務取締役の演説記事を掲載した。右のような経費削減への取組みの一環として平成九年度から被告にある三つの生産工場のうち、旭川工場における生産を停止し、その生産ラインを本社工場に統合することが決まった。旭川工場の本社工場への統廃合に伴い、製造部門において人員の再配置を行う必要が生じたが、これについては本社、帯広、旭川の三つの工場全体で実施することとなった(〈証拠略〉)。

(4)イ 債務者は、平成八年一〇月四日ころ、債権者の所属する地区労働組合との間で、団体交渉を行い、道北支社旭川工場の本社工場への統廃合を申し入れた。また、債務者は、同年一一月一日から八日までの間に帯広工場従業員全員に対し、個別面談を行い、その中で債権者に対しても旭川工場統廃合の件について説明がなされた(〈証拠略〉)。

ロ 債権者は、平成八年一一月一八日ころ、債務者に対して家族状況届と題する書面を提出したが、その中では長女、二女を含む同居の家族及び別居している債権者の両親の健康状態について「普通」である旨記載した(〈証拠略〉)。

ハ 債務者は、ブレンド担当として帯広工場から本社に異動させる対象者については、帯広工場で現にブレンド作業に従事している者及びその経験者一七名から人選することとしたが、右一七名の中で帯広工場の生産ラインの事実上の責任者二名については異動の対象から外した。残り一五名からの人選については、〈1〉ブレンド作業の経験五年以上の者のうち、主任格二級の者もしくは主任格三級で直近の能力考課が中位以上であること、〈2〉年齢の若い者で協調性を兼ね備えた者、という基準で人選した結果、異動させる対象者として債権者を含む四名を選出し、平成九年一月二二日、債権者に異動の内示を行った。なお、右一七名のうち、約三〇パーセントに当たる五名は、他の要件は満たしているものの、協調性に欠けるとして、異動対象者から外されている。(ママ)(〈証拠略〉)。

ニ 債務者は(ママ)、本件転勤命令の内示を行った平成九年一月二二日まで、債権者は債務者に対し債権者の家族の健康状態について話をすることはなかったが、右内示がなされた後、遅くとも同月二七日までの間に、家族の健康状態が悪く、転勤の内示に応じるか否かについては即答できない旨説明した(〈証拠略〉)。

債務者は、債権者の所属する地区労働組合と債務者との間で、債権者の転勤問題について数回にわたって団体交渉が行われ、その中で債務者は、学校、社宅、病院等について会社として配慮すること、仮に単身赴任になる場合には、有給休暇の取得等によって帰省ができるよう配慮することなどを説明した。また、右の団体交渉の席で、債権者側から、札幌への異動には応ずるが一年後に帯広に戻すという約束ができないかとの提案がなされたが、債務者は右のような約束はできない旨返答した。なお、その後、地区労働組合は、平成九年三月一九日、北海道地方労働委員会に対し、本件転勤命令の件について斡旋の申立をなし、北海道地方労働委員会から赴任時期を一年延期できないかとの提案がなされたが、債務者はこれに応じなかった(〈証拠略〉)。

(5) 債務者は、社内の三組合に対し、団体交渉を通じて、同時期に、旭川工場の統廃合を申し入れ、平成九年一月二二日、帯広工場従業員のうち、同工場から本社工場への異動対象者四名を含む七名(管理職一名を除く。)について異動の内示を行った。このうち、五名が北海道コカ・コーラボトリング全労働組合に、一名が北海道コカ・コーラ労働組合に、債務(ママ)者が地区労働組合にそれぞれ所属していた(〈証拠略〉)。

(二) 勤務場所の特定の有無について判断するに、本件全疎明資料によるもこれを認めることはできない。すなわち、右(一)の認定のとおり、債務者の就業規則の中に、会社はすべての従業員に対し転勤を命ずることがあり、従業員は正当な理由なくしてこれを拒むことができない旨の規定があり、債権者もこれを遵守することを誓約して債務者に雇用されていることからすれば、債権者と債務者の労働契約において勤務場所を債務者道東支社帯広工場に限定する旨の合意があったとは認められない。

(三) そこで、次に、本件転勤命令が人事権の範囲を逸脱し、権利の濫用といえるか否かについて判断する。

(1) 使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転居を伴う転勤は労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えることからすれば、使用者の転勤命令は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されない。しかし、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである(最高裁判所昭和六一年七月一四日判決・判例時報一一九八号一四九頁参照)。

(2) これを本件についてみると、本件転勤命令は、債務者旭川工場の本社工場への統廃合に伴い、人員配置を行う必要が生じたことから出されたものであり、業務上の必要性があると認められる。また、人選についても、前記認定のような基準に基づいてされたことからすれば、人選の基準において特に不合理な点があるとは認められない。

しかし、債務者は、前記のとおり、帯広工場の従業員一七名につき、作業経験、能力、年齢、協調性等を考慮して債権者ら四名を選考して異動させることとしたが、右一七名のうち五名については他の要件は満たすものの協調性に欠けるとして異動候補者から外しているところ、右のように約三〇パーセントもの者が協調性に欠け異動不適格者であるというのは不自然であるから、右要件は異動対象者を選考するについての付随的要件であると推認される。

前記認定のとおり、債権者は、妻、長女、長男(ママ)、二女と同居しているところ、長女については、躁うつ病(疑い)により同一病院で経過観察することが望ましい状態にあり、二女については脳炎の後遺症によって精神運動発達遅延の状況にあり、定期的にフォローすることが必要な状態であるうえ、隣接地に居住する両親の体調がいずれも不良であって稼業の農業を十分に営むことができないため、債権者が実質上面倒をみている状態にあることからすると、債権者が一家で札幌市に転居することは困難であり、また、債権者が単身赴任することは、債権者の妻が、長女や二女のみならず債権者の両親の面倒までを一人で見なければならなくなることを意味し、債権者の妻に過重な負担を課すことになり、単身赴任のため、種々の方策がとられているとはいえ、これまた困難であると認められる。そして、債権者が右のような家庭状況から、札幌への異動が困難であることに加えて、帯広工場には、協調性という付随的要件に欠けるが、その他の要件を満たす者が他に五名もいることを考慮すると、これらの者の中から転勤候補者を選考し、債権者の転勤を避けることも十分可能であったと認められるから、債務者は、異動対象者の人選を誤ったといわざるをえず、債権者を札幌へ異動させることは、債権者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるというべきである。なお、債権者は、右のような家庭状況を、転勤の内示を受けるまで債務者に申告せず、却って、長女、二女及び両親に何らの問題もないかのごとき家族状況届を提出し、債務者をして転勤の人選を誤らせており、その対応には遺憾な点が存するが、結局、本件転勤命令が出される一か月以上前には債務者に対し家庭状況を申告し、転勤には応じ難い旨伝えていることを考慮すると、債権者の右対応によって右認定が左右されるものではない。

以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、被保全権利が存在すると一応認められる。

2  保全の必要性について

本件の経過及び債権者の態度等からして、債権者が本件転勤命令を拒否した場合には、債務者から懲戒解雇などの不利益処分を受ける恐れがあることは明らかであり、また、前記1のとおり、債権者が札幌で勤務する場合にはその家族状況からして著しい不利益を受けることを考慮すると、保全の必要性があると認められる。

3  結論

よって、債権者の申立ては理由があるから認容することとし、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 小林正 裁判官 福島政幸 裁判官 堂薗幹一郎)

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